こんにちは。ケイザキです。
今回は聞くと学びの違いについて書いていこうと思います。
そもそも私が入社した頃、仕事の中でわからないことはなんでも聞きなさい、そういわれていました。
そりゃそうです。
何にもわからないのは当然だし、何にも出来ない人がずっといても正直邪魔なだけです。
会社としては早く成長して、戦力になってほしいのです。
じゃないとコスパの悪い、いえ、使えない荷物を他の人の持たせているだけです。
初めのうちはそのことがいまいちわかりませんでした。
だって迷惑かけてない。そう思っていたから。
しかし、職場には最低人員数が決まっていますね。
最低人員で基本的には回してくことになります。
必要人員以上を抱えているということは”ロス”でしかないからです。
もちろん、最低人員というがきちんと仕事が回る人員というのが前提です。
その中で大事な意識。
これが学生気分の抜けていない私にはなかったのです。
それは
”1という大プロジェクトを最低人員(例えば20人)で回している。”
ということ。
大事なことは、仮に20人といいましたが、それが最低人員だということ。
最低でも20人必要なプロジェクトを20人で回す。
その中に私も含まれていたわけです。
私が覚えて仕事をこなしていけるようになれば、20人で回しているということになりますが
私が使い物にならない状態で居座っていると19人で回さなくてはいけません。
そうなると欠員が出るのと変わらないわけです。
というより欠員です。笑
ではどうするのか。
アプローチはひとつ。
覚えるために何をするか。
この職場をうまく回すには、仕事を覚えて円滑に業務を進めることが大事です。
そこで質問の仕方が大きな要素となってくるのです。
一言で質問と言っても、何をしているんですか?という質問から
何をするためにこういうプロセスを踏んでいるのですか?
という質問までさまざま存在します。
簡単にいうと、前者が聞くということで、後者が学びです。
何か違うのかというと、考察が入っているという点。
学ぶということは、自分なりに噛み砕いて処理をする必要があります。
ですが、前者は噛み砕くどころか、何をの部分もなければプロセスに対する質問もありません。
それでは何も得ることはできません。
最初ならまだいいんですけどね。
しばらく経ってからこの質問であれば絶望的です。
きちんとこの人に必要性をおしえてあげなければいけません。
若いうちってなかなか理解できないんですけどね、私もそうでした。
それでも、『親の心子知らず』のように、歳を重ねていくごとに責任感が増してわかるようになるんです。
今日が人生の一番若い日。
質問には2種類ある。
ただの動作と進化のために行うプロセス。
そこをきちんとわかっていないと大成なんてしないでしょう。
すぐにわかるなんてできないかもしれません。
でも、解ろうとすればわかってきます。
解ろうとするということは、自分に足りないものが何かわかった上で何をしなければいけないかがわかった状態です。
何をしなければいけないのか。
そこに行くためには何をするべきなのか。
その二つはきちんと考えて行動していきましょう。
では、また!